壁抜け男と理想の家族ー『ル・コルビジュジエの家』

ル・コルビジュジエの家。

私はル・コルビジュジエが何者かもよく知らないけれど。


冒頭、唐突にスクリーンに穴があく。白と黒のコントラスト。

ちょっと違う形の穴が不均衡に拡がっていく。等間隔の間を置いて。

しばらくするとそれが壁の向こう側とこちら側であることに気付く。


登場人物は、世界的な建築家ル・コルビジュジエがデザインした家に住む家族と謎めいた隣人。

二つの家を隔てる壁(といっても繋がっているわけではない)が破壊され、最終的にまた閉じられるまでを描いている。

隣人は光を取り入れるために窓を作りたいと言い出し、よりによって隣家に面した箇所に窓を作り始める。「覗かれるなんて絶対イヤ!」と騒ぐ家族たち。

うさんくさい隣人は、そんな彼らの生活に土足でズカズカと踏み込んでくる。踏み込んでくるというより、忍び込むように侵食していくといったほうがいいかもしれない。主人公はオロオロし、妻はヒステリックになり、主人公に見向きもしない思春期の娘はなぜか窓を通じて交流する。

物語が進むうちに、スマートで裕福なデザイナーという主人公のかっこいいイメージが、妻の機嫌を伺い、娘に無視され、浮気しようとしても女の子に逃げられるというなんとも情けないイメージに変わる。一方うさんくさい変なおっさん(隣人)は、かわいい女の子とデートし、エネルギッシュにダンスを踊り、子どもの心を掴み、最後は命を賭けて隣人を守ろうとする、妙にいい男に見えてくるのだ。

つまり、冒頭の壁の向こう側とこっち側の違いのように、彼らは同じようで違い、違うようで同じだ。


そもそも、「覗かれるなんて絶対イヤ」と騒いでいる彼らは、ウィキペディアに載っていて、時折観光客が外観を背景に記念撮影をしているような家に住んでいるのだ。正面には解放的な窓があり、いつも誰かがそこに住む「理想的な家族」を羨望の目で見つめている。そして彼らもまた、窓の傍では「理想的な家族」を演じている。

その「理想的な」をぶち壊したのが隣人であり、隣人の窓だったのだ。

壁はぶち壊され、また元通りに修復されたが、果たして家族は、何もなかったように元通りに続いていくのだろうか。それとも、なにか変わるのだろうか。

きっと彼らは、隣人の死の際に感じた動揺をそのまま漆喰で壁に擦り付けるようにして忘れ、「理想の家族」を演じ続けるのだろう。


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