鏡の向こう側『さざなみ』

画面上に一切姿を表さない夫の元恋人。ヒッチコックの『レベッカ』のようでもある。

夫婦は、何十年も前に死んで突然氷河の中から冷凍されたまま浮かび上がってきた女の存在に翻弄される。彼女の発見とともに、封じ込めていた眩いばかりに輝いていた青春時代の記憶も溶け出した夫。冷凍されたのだから年をとらずに彼女は美しいままだろうと色めきたつ男は、自分もまた若返ったかのような気分になり、となりにいる妻や悠々自適なリタイアライフを送っている友人たちとなじめなくなってしまう。

冒頭、暗闇の中で淡々と映写機が回る音が聞こえる。それは、妻に気付かれないように夫が夜更けに屋根裏部屋に籠って死んだ恋人の姿をスクリーンに投影していた裏切りの音だった。

水の向こう側、スクリーンの向こう側から姿を表す若い恋人は、それに向かい合う老いた2人に鏡となって自分自身の姿を問いかける。夫は過去を夢想することで現実から逃げ、妻は信じていた夫の裏切りと自身の老いを突きつけられ、現実と対峙する。

ラストシーンはあまりに哀しく、怖い。


0コメント

  • 1000 / 1000