ヤドカリ男の見る世界ー『シェル・コレクター』

深夜の地震。鳴り止まぬ警報。余震に怯え雨風に怯え、木造アパートで1人震える夜はあまりに怖かったため、しばらくは、部屋にあった布団という布団を引き寄せて過ごした。まるでヤドカリのように。

水を蓄え、食糧を傍に置き、いつでも逃げることのできる装備をして。

その時思った。「シェル・コレクター」の主人公(リリー・フランキー)のことを。

海の中に籠り、世間との交流を絶った男。自分自身が貝のように、小さな小屋を終の棲家として首をすぼめてじっとしている。

イモガイという丸っこくて不思議な貝がある。それに刺されると、猛毒で人は簡単に死んでしまう。その反面、奇病に侵された人にとっては、命を救う奇跡の薬になる。

主人公が偶然採集していたイモガイに、奇病に侵された女(寺島しのぶ)が触れたことがきっかけで、彼の平穏な世界は崩れはじめる。

最初、海岸に打ち上げられたかのように倒れていた女の股に耳をそばだてていた彼は、実際に身体を交えることは嫌がり、迫られても拒んでばかりだ。彼は、貝殻を標本にするために、生きた中身をくりぬき、食べることを嫌う。ただ美しいものを眺めたいだけで、それ以外のことは考えない。それと同じように、彼の元へ訪れる美しい女たちを、彼はただ眺めている。

イモガイを求めて訪れる人々はやがて島に住みつき、共同生活を始める。謎の高揚状態で騒ぐ彼らは、主人公の息子(池松壮亮)と共に騒ぎ、躊躇なく鳥を殺して喜ぶ。青い海に拡がる赤。

そんな不気味な状態の中で、正義と博愛精神を語る胡散臭い主人公の息子は、イモガイに刺されて海岸で死体となって転がっている。

最後に、貝の代わりにペットボトルを身体に装着したヤドカリが通過する。ヤドカリもまた、環境に順応して様を代え、生きている。

息子の死を乗り越えた主人公もまた、新しい環境に順応し、前よりかは人と関わろうとするかなにかして生きるのだろう。

しかし、この映画に登場する彼以外の人物は、どうも胡散臭く、謎の集団にしか見えないのである。不穏な世界の中で、彼はどう順応していくのだろうか。

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